第5話「行方」


ぐにゃん、と足裏に未知の感触がして、気がつくとコヤマの身体は横に傾いていた。あぶない、ころぶ、三半規管が危険を知らせるも、身体が追いつかない。諦めに似た心境で景色を眺める中、自分の悲鳴に近い声を聞いた。

「ちょっと!」

腕を掴まれ、肩を中心にして身体に衝撃が走る。おかげで地面との衝突は免れ、なんとか両足に力をこめて姿勢を保った。

見れば、顔を青くしたハセガワが心底ギョッとした顔でコヤマを見ていた。

「びっくりした…!」

焦りの滲む眼差しに、コヤマも数秒遅れて状況を理解する。

「えっ、何! こわい! 死ぬかと思った!」

「もうダメかと」

お互いに興奮気味で、身を守るように寄り添う。引っ張られた腕が少し痛んだが、そんなことは気にしていられなかった。周囲の視線を浴びながら、いつもより大きい声で話すのをやめられない。

「なんか踏んだんだけど」

振り返ってみると、そこにはつぶれた灰褐色の袋が落ちていた。シワの寄った表面に「こんにゃく」と書かれているのが見える。

なぜ道端にこんにゃくが落ちているのか、とコヤマは憤慨した。しかも良く見ると、雑に養生テープが巻かれており、開封済みのようなのだ。踏んでしまったからには片付けるべきかと思ったが、あまりにも不気味だったのでその場から速やかに離れる。

 

「で…なんだっけ、その、キネマってどこにあるの?」

鶯谷駅の改札を出たところでハセガワがそう尋ねた。コヤマは「すぐ近くだよ」と道を先導しながら、ハセガワと共に行動していることを未だに不思議に思っていた。二人はクラスメイトだが、特別に親しい仲ではない。なのに今日は、一緒に文化祭の打ち上げをサボって、アイドルのライブに行こうとしているのだ。

駅の構内から出て階段を降りると、すぐに「東京キネマ倶楽部」と書かれた看板が見える。古めかしいフォントと、同じく時代を感じさせる建物の雰囲気にハセガワはたじろいでいるようだった。一方のコヤマも、ハセガワとライブ会場が同じ画角に収まっているのを見て、今更ながら落ち着かない気持ちになる。建物の中に入り、ハセガワが当日券を手にするところを見て、余計に現実離れしていく感覚に陥った。

「上にも人いるんだね」

会場に入るや否や、二階席を見上げるハセガワに倣いコヤマも顔を上げる。

「うん。当日券だと二階は入れないんだけど」

「そうなんだ」

興味深げに会場を見渡しているハセガワを見ながら、コヤマはちょっとした不安に駆られていた。一緒に行きたいと言ったのはハセガワだったが、果たしてこのステージが彼女に受け入れられるのか、甚だ疑問だったのだ。

「…ハセガワさんはさ、なんでライブに興味もったの?」

特別に話すべきこともない状況だったので、素直に訊いてみる。ハセガワは「うーん」と思案する素振りを見せたが、すぐに「なんとなく?」と気の抜けた表情を見せた。

「なんとなくで鶯谷まで来るのすごいけど」

「いや…ほら、私は文化祭で何もしてないし」

ハセガワは少々面倒そうな顔で頭を掻く。

「打ち上げ行っても居づらいし…。それに、コヤマさんの舞台よかったから。話したいなと思って」

「え」

不意打ちで褒められて、コヤマは思いがけず赤面した。賞賛に慣れておらず、気恥ずかしさに目を逸らす。どう返答すべきか悩みに悩んで、「いや…」とだけ口にした。その後に「そんなことないよ」だとか「皆のおかげだよ」とか、気の利いたことを言えれば良かったが、そんな余裕はなかった。

ごまかすように顔をそむけ、会場を見渡す。その刹那、コヤマは自分の顔がこわばるのを感じた。一瞬、視界の隅にあらぬものが見えたのだ。動揺して二度見、三度見と繰り返し、夢でないことを確認して混乱する。

自分がいる位置よりも右前方、頭ひとつ抜けている少女の顔に見覚えがあったのだ。

「どうかした?」

コヤマが挙動不審になったのを察して、ハセガワが顔を寄せる。

「…知り合い、ていうか同じ学校の子がいる」

「え、本当?」

ぐるりと首を回すハセガワに、あの子だよ、とショートカットの少女を指差す。コヤマにとっては忘れられない、保健室にやってきた「不登校児」の姿だった。なぜこんな場所にいるのか、もしかして彼女もオタクだったのかとコヤマの脳内は混迷を極めていた。

「声かける?」

ハセガワの提案に慌てて首を振る。

「や、いいよ! 向こうが私のこと覚えてるかわかんないし…」

特別に話すこともないのだから、このまま知らないふりをしていようと考えた。保健室でいくつか言葉を交わした覚えはあったが、お互い名乗りもせずに端的なやりとりがあっただけだ。コヤマの方は上履きに書かれた彼女の名前をしっかり把握していたけれど、相手もそうとは限らない。

「あの子…」

ハセガワがじっと少女の顔を見て、眉間にシワを寄せる。

「見覚えがないんだけど、本当にうちの学校?」

「二年生だけどね。…ていうか、まさか全校生徒の顔覚えてるの?」

「人の顔覚えるのは得意なんだ」

さらりと言ってのけるハセガワに、コヤマは呆れ果てる。

「あ、でもうちの制服着てるね。ほんとだ」

「あの子、しばらく不登校だったみたいだから」

「あー…」

腑に落ちたのか、ハセガワは何度か頷く。二人とも完全に油断をしていたので、噂をしていた本人がふいに振り返った時には心臓が跳ねた。コヤマに関しては「げっ」と声を漏らしてしまったほどだ。幸いその声は周囲の喧騒に紛れて本人に届かなかったようだが、ばっちり目が合ってしまう。

不登校児は最初驚いた様子を見せ、すぐに屈託のない笑顔になった。その口がわずかに動くが、何と言っているのかいまいち聞き取れない。

そこにいる三人ともがコミュニケーションをうまくとれない状況で、それぞれ会釈を交わす。

「あの子、なんて名前?」

ハセガワが前を向いたまま訊いてくる。

「ミツイ」

そう答えたと同時、ミツイが視線を落とした。誰かと話しているようだったので人影の隙間をぬって覗くと、背の低い少女と一緒にいることがわかった。彼女は派手な青色の髪をして、けれど同じ学校の制服を着ている。

校則ギリギリ、いや、きっと許されないであろう彼女の容姿にコヤマは絶句した。生徒会長はなんと言うだろうかと横を見ると、ハセガワはこれ以上ないくらいに目を丸くしている。その視線は、青髪の横顔をまっすぐに捉えていた。

「ハセ…」

名前を呼びかけたところで、会場がふっと暗くなる。それは、ステージの開始を意味していた。

 

 

息を飲んで前を向く。ヨシダは大きい音が少し苦手だった。見れば四人の少女がステージに立ち、ビリビリと期待や高揚感で空気を震わせている。その光景に心拍数が上がって、目が釘付けになる。それでもさっきのことが頭をよぎって、後方を少しだけ気にしてしまう自分がいた。

先ほど会場の後ろに居たミツイの知り合い、一人は背が低いようで顔が見れなかったのだが、もう一人が「ハセガワ先輩」であることにヨシダは驚いていた。ミツイとハセガワが顔見知りだと勘違いしたためだが、二人がどこで知り合ったのか、できるならハセガワと合流して話したかったのだ。けれどライブが始まってしまった今、他の客の迷惑になりそうで下手に動くことができない。

うまくライブに集中できないまま、ヨシダはずっと揺れていた。音楽に合わせて体を揺らしているわけではなく、音に押され、気迫にたじろいでいる、という表現が正しい。初めて聞く曲ばかりでどう楽しめば良いのかわからず、ただ突っ立っているのが精一杯の状態だった。体の中を通り抜けて、そのついでに胸の奥の方をそっと揺らしていく優しい振動にすら、戸惑いを浮かべる。隣のミツイはすっかり観客としてなじんでおり、一人だけ入り込めていないのではと焦燥した。焦燥のあまり、音に合わせてふらりと動いたミツイの腕を掴んでしまう。

「どこに行くの」

そう言ったのはヨシダではなかった。耳に入ってきた歌詞と、ヨシダの心境があまりにも通じ合っていたのでギョッとする。なかなか近づいてこないヨシダに、音楽の方が距離を詰めてきたようだった。

ミツイは手を振り払うこともなく、音に負けないようヨシダの耳元に口を寄せて「どうしたの?」と尋ねてきた。

「や、なんか…」

答えに窮し、口の中で言葉を混ぜる。

「初めて来る場所だったので」

そう漏らしながら、ヨシダは一人では何もできない自分自身を恥じた。初めての場所で、ミツイだけが頼りだと思ってしまった。それは、まだ他人に左右されている証のようで辟易する。

「大丈夫だよ」

ミツイは極めて穏やかな顔でそう言った。危なっかしいミツイを見届ける意味でついて来たのに、ヨシダの方が守られていることに気づいて唖然とする。足元の地面が崩れる気がした。他人によりかかることをやめなくては、自分の足で立てないのに。

「大丈夫、ですよね」

口を引き結んでミツイから手を離し、背筋を伸ばす。

 

「思ってたのと違うなあ」

ハセガワはほとんど無意識に感想を漏らしていた。コヤマに聞こえたのかはわからないが、首をかしげながらこちらを見るので「アイドルって、もっと、こう、明るい曲で元気で…」と曖昧な形容詞を重ねる。やけにポジティブな単語ばかり並べてしまったあとで、逆を言えばこのグループへの非難にも聞こえるのではと危惧し、しまったと顔をしかめる。上手く表現する語彙がなかっただけで、けなしたいわけではなかった。

コヤマは神妙な顔で聞いていたが、すぐに「かっこいいでしょ!」と笑った。ハセガワの心配とは裏腹の、一点の曇りもない眼差しと嬉しそうな声に虚をつかれる。反射的に、けれど本心から「かっこいいね」と頷いた。他人に対してのステレオタイプが抜けないのは自分も同じだったと反省する。

「あ、新曲」

コヤマはステージを食い入るように観ている。このライブのために、人付き合いも全て断ってきたくらいなのだから本当に好きなのだなと感心した。同時に、信じるもの、絶対に優先するものがあるコヤマはハセガワにとって強い人に見えた。

それ以上は話しかけるのがためらわれて、ハセガワも前を向く。前方の青髪は人影に埋もれて、わずかに見え隠れする程度だ。

ステージの上は、どこか別世界のようだった。自分たちと変わらないくらいの年齢の女の子が、全く知らない次元で歓声を浴び、たくさんの人の視線の中にいる。

「こっちじゃない」と言いながら手招くような、呼び止めるような音楽が心臓に響く。浮遊した意識を舞台に引っ張り上げられそうになって、なぜだか、自分に向けられた歌のように感じた。

もしかすると、こういう人生を自分が歩む道もあったのではないだろうか。そんなことを思った瞬間、照明がハセガワの目を焼く。

いつか、太陽を直視してしまった時と似た、鮮やかな影が視界を覆う。その中にハセガワとコヤマと、それからさっきみかけた同じ学生服の二人組がマイクを手に歌っている光景を見た、気がした。ありもしないのに、どこかで見たような残像。チカチカと色を変えて消えていく影に、なぜだか涙が出そうな気持ちになる。

 

何曲ものパフォーマンスを経て、ライブはようやく終わった。気を抜いたのも束の間、その途端に客が動き始める。ミツイは離れ離れにならないようヨシダの手を握った。

「楽しかったね!」

「はい」

ヨシダはぎこちなく、でも確かに笑って頷いていた。ミツイは笑い返しながら、コヤマの姿を探す。小柄な彼女を見つけることは困難だったので、諦めて会場の外に出た。そこで、帰路につこうとしている学生服の二人を発見し呼び止める。

「コヤマ先輩!」

コヤマは恐る恐ると言った感じでこちらを振り返った。隣にいる、長い黒髪の生徒もミツイたちの方を見る。ヨシダに「ちょっと話していい?」と了解をとる。ヨシダはコヤマの顔に見覚えがあったのか、口を半開きにして見つめている。声が届いているか謎だったが、意気揚々とコヤマに近づいた。

「好きだったの? こういう…アイドルとか」

コヤマは探りを入れるようにして、ミツイを見上げた。

「あー…」

ミツイは何と答えたものか悩んだ。ここに居るということは、コヤマは少なくともアイドルに興味があるのだろうと考える。好きだと答えられれば親しくなれることは容易に想像できたが、いかんせん、たまたま会場に入っただけなのだ。ただライブ中はどきどきして、ミツイはすぐに夢中になれそうだったのも事実だった。

「好き、になりたいです」

素直な気持ちをそのまま伝えると、コヤマは怪訝な顔をした。発言をどう受け取って良いのかわからないのだろう。ミツイは慎重に言葉を選びながら、「今日初めて観たので」と続ける。

「だから、これから知りたいです」

その回答は、コヤマの心を掴んだ。彼女は好きな物を受け入れて欲しいと同時、誰かに話をしたがっていたのだ。「ああ」とも「うん」ともつかない声で、それでも嬉しそうに目元を緩ませる。その表情を見てミツイは酷く安堵した。

「それに、なんか…私、勇気でました。ちょっとだけ」

ライブの感想をたどたどしく述べると、コヤマは首をかしげる。

「勇気?」

「学校の外にも色んな場所があるんだなって」

「それは」

不登校気味のミツイにとって本当に良いことなのか、とコヤマは言いたげだった。しかしミツイが満足げな顔見せると、口をつぐむ。その様を愛おしく見つめながら「勇気もらったついでに、ちょっと学校に行ってきます」と言って小さく敬礼してみせた。

「は?」「え?」「今から?」

唐突なミツイの発言に対して、三人の声が重なる。傍で所在なさげにしていたハセガワとヨシダすら、ミツイに注目した。

「何しに行くの?」

「えっと…調整をしに」

「調整」

コイツはいったい何を言っているんだろうか、と少女たちが顔を見合わせる。しばらく混乱が続いていたが、ヨシダが手を挙げて「じゃあ私も行きます」と予想外の言葉を放った。想像もしなかった提案に、ミツイはきょとんとしてしまう。

「えっ、本当に? いいの?」

「今日はミツイ先輩についてくって決めたので」

ヨシダは表情を崩さないまま、淡々と話す。

「でも、今日だけです。もうついていきません。ミツイ先輩、突拍子もないし」

「悪口?」

ハセガワがすかさず口をはさんだ。

「違います! でも、明日からは先輩に任せませんからね」

「な、なんで嫌われちゃったんだろ…」

「ミツイさんヤバイ人だもんね。わかるよ」

おろおろとしているミツイの横で、コヤマが何度も頷いた。ハセガワは難しい顔をしていたが、ミツイとヨシダを見比べて「私もついてくよ」と言う。

「えっ、なんで」

驚きを口に出したのはコヤマだった。

「二人だとなんか心配」

「それは…確かに…って、え、みんな行くの」

ミツイはとてもわくわくしていた。皆が一緒に来てくれるのなら、学校への道が初めて楽しいものになると確信していたのだ。瞳を輝かせて「コヤマ先輩も行きましょう」と誘う。

「楽しいですよ、たぶん」

「えー…」

コヤマはしばらく躊躇していたが、最後にはしぶしぶ頷いた。ミツイは嬉しくてたまらなくなって、自分より小さい先輩の手をとる。気が急いて、今すぐ遠くへ行きたい衝動に駆られた。その気持ちのまま、走り出す。

手を取られた状態で、引きずられるような形となったコヤマは「えっ嘘、走るの? なんで?」と驚愕し、転びそうになりながらもその後に続く。

取り残されたヨシダとハセガワはしばらく呆けていたが、お互いの顔を見たあと、苦笑いをしてミツイとコヤマを追った。

バタバタと駆ける足音が四人分、夜の空気を少し揺らがせる。

 

数時間ぶりの学校は当然ながら人気がなく、正門はしっかり施錠されていた。

「はー、本当に戻ってきちゃったよ」

コヤマが未だに信じられないといった様子でつぶやく。

ミツイが鉄製の門を何度か押してみるが、ガチャンと軋轢音を出すだけで開く気配はない。敷地に入ることも叶わない中、どうするんだろうかとヨシダが他人事のように見ていると、ふいにミツイと目が合った。

厳密に言うとヨシダのことではなく、その手元のビニール袋をミツイは熱心に見ていた。近づいてくるミツイに、何をするつもりだと警戒体制を取るも、手を伸ばされてあっけなく袋の中を探られる。

「えっ…あの、ミツイ先輩」

ミツイはこんにゃくを手にとると、そのまま大きくふりかぶった。手足が長いので、なんとも優雅な動作に見える。そして、あっけにとられる三人の目の前で門に向けてこんにゃくを全力投球してしまったのだ。

放たれたこんにゃくはバチッ、と音を立てて門にあたり、最後は地面に落ちる。

「…いや、何やってるんですか!」

ヨシダは夜であることも忘れて叫んだ。ミツイは騒然とする空気も意に介せず「私、もう学校行かないことに決めました」と静かに告げる。

「はあ?」

「私は学校だと、もうダメダメだから、もっと頑張れる場所を見つけます。そうするんです」

ヨシダは、この意味不明な人についていった自分を軽く恨んだ。それと同時、真の意味で自分の道を進まねばならぬ、と固い決意をする。

さらに両手にこんにゃくを掴もうとするミツイに、慌てて制止をかけた。その後ろでコヤマがひきつった笑みを浮かべる。

「待って、そもそも、なんでそんなに大量のこんにゃく持ってるの」

そう言ってヨシダの持つ袋を指差す。

「ていうか、それ駅に一個落ちてたんじゃない」

「まあまあ」

ハセガワがなだめるように肩を叩く。そして、そのままの流れでヨシダからビニール袋を奪った。品行方正な生徒会長はこんにゃくを手にとると、ミツイに倣ってこんにゃくを門にぶつける。

再び唖然とするヨシダとコヤマに「これがバレたら、指定校推薦、取れなくなるかなって」とイタズラっ子のような目を向けた。

「逃げ道つくりたくないんだ」

「…ハセガワさんって脳みそ筋肉なの?」

コヤマは率直な疑問を口にしたが、ハセガワは笑うだけだった。ヨシダは何だかたまらなくなって、ハセガワから袋を奪い返し、ふりかぶる。

校門の上の方に当たったこんにゃくを眺めながら、コヤマは可哀想なほどの狼狽を見せた。

「えっ、なんで? どうしてそうなっちゃったの?」

コヤマからすると、ヨシダは最後の常識人だと信じていたのだろう。ヨシダは何でもない顔で「ああ…ちょっとこんにゃくには恨みが」と言った。これを探すために散々歩かされたのだから、少しくらいやつあたりしても良いだろう、という意味だった。なぜかコヤマもつられて「私だって恨みがあるよ!!」と激情に任せたような声を出す。

ついに、コヤマもこんにゃくを掴んだ。冷たくて、持ち上げると歪む。芯のない物体に苛立って、力任せに投げつけた。

それから、四人は夢中になって投げ続けた。食べ物を粗末にすることに罪悪感も生まれたが、その抵抗も今だけは必要なものだった。最後の一つをミツイが投げてしまうと、そこにはこんにゃくが校門の足元に溜まった異様な光景が広がる。

「…で、これどうするの?」

コヤマが誰にともなく問いかける。あまりにも全力になりすぎて肩で息をしていた。

「知らない」

「逃げましょう」

「これにて過去の己との決裂デス…」

一人だけ感傷に浸っているらしいミツイを除いて、他三人はすでにこの場から一刻も早く離れようとしていた。帰り道に足を向ける、その時びゅう、と強い風が吹いた。どこから飛んできたのか、色とりどりの紙吹雪が四人の上に降ってくる。

「うわ、なにこれ」

「どっかのクラス、窓開けっ放しだったのかな」

「えー、ここまで飛んでくる?」

髪や服にくっついたものをお互いに払いあって、その頃には無残なこんにゃくのことは四人の頭から忘れ去られていた。ぐう、と鳴ったのはミツイのお腹だ。

「あの、ご飯いきませんか!」

欲望に忠実な申し出に、全員で少しだけ笑う。

「もう遅いけど大丈夫?」

「じゃあ、文化祭の打ち上げってことで」

「ここにいる誰も参加してないですもんね、打ち上げ」

ヨシダの発言に、ハセガワが改めて顔ぶれを眺める。

「そう考えるとまともな奴がいないなあ」

「良いんじゃない、こっちはこっちで楽しいし」

そう言ったのはコヤマだった。「楽しい」、そんなストレートな言葉が、四人の中にあった最後のわだかまりを全て取り払う。

非日常の名残みたいな紙切れを踏んづけて、四人の姿は闇に消えた。